Se connecter「リンレイス様!! あたしは全く聞いてないんですけどー!!」
シャーロットの心からの叫びが、執務室に負けず劣らず、この部屋も妖精族にしては豪華に装飾されている。
至る場所から芽吹いた生命の息吹、咲き誇る可憐な花々、妖精族神話の世界が描かれた絵画、木工アート作品。とは言え、あくまで妖精族にしてはであって、人間からすれば精緻な彫刻が施された自然溢れる部屋に見えることだろう。普段ならばほとんど顔を出すこともない場所なのだが、何せいきなり降って湧いた結婚話である。
夜会の翌日、シャーロットは怒りに身を任せて王城へと単身乗り込んだのだ。 「よく来たわね、シャーロット。昨日はご苦労様でした」「ご苦労様でした……じゃなーーーい!! なんであたしが急に知らない相手と結婚しないといけないんですかッ!」
シャーロットの殴り込みならぬ、怒鳴り込みに眉1つ動かすことなく平然とした態度を崩さないリンレイス。 そんな彼女に対して、更にシャーロットが喰って掛かる。魂の叫びが通じたのかは知らないが、ふうっと憂鬱そうなため息を吐いたリンレイスの表情がガラリと変わった。
「ごめんなさいね……。わたくしの政治力の無さが原因よ」 項垂れる彼女の申し訳なさそうで悔しそうな表情を見て、気勢を削がれたシャーロットは少しトーンダウンしながらも反論するのを止めない。 「あたしでなくともリーンノア様がいらっしゃるじゃないですか!」「最初はそうなるはずだったの……けれど貴女の魔力の高さを知ったバムロールが望んだことなのよ……」
リンレイスには長女にリーンノアと言う娘がいる。 魔力の高さで言えば、彼女も決して低いとは言えない。 シャーロットの想いは絡み合う糸のように複雑であった。 友人でもある彼女に責任を押し付けたくはなかったが、頭越しで勝手に決められたことに激昂して我を忘れてしまっていたのだ。 「今、この魔帝國で人間族の攻撃を受けていないのは、わたくしたち妖精族と龍族、巨人族の領土、後はシャーロットとて戦闘狂と言う訳ではない。
その時代のことは聞いているし、歴史書を読んで知っていた。 それに人間やその空虚な心に蘇ったのは幼き日の想い出。
1つは1年前に婚約を破棄された人間の皇子への淡い恋心。 もう1つは幼馴染が宣言した誓いの言葉。 無意識の内にシャーロットの口から2人の名前が零れ落ちる。 「ガイナス……ヴァル……」 その声はリンレイスにも届いていた。 彼女はそれを聞いてどう思っただろうか? 「バムロールが王位に就けば、妖精族も戦いに突入するわ。彼の婚約者であれば戦場に出ることもなくなるでしょう。戦況は悪化の一途をたどり、苛烈を極めて――」 ますます苦しげに言葉を絞り出すリンレイスであったが、突如、ハッとして言葉を切ると項垂れた。 何か大切なことに気が付いた。 そんな表情だ。 「そう……そうね……ごめんなさい。シャーロット。これはわたくしが決めることではなかったわ……。妖精王の名にあるまじき行為でした。婚約が嫌なら断りなさい。貴女の好きなようになさい」 リンレイスが突然、意見を翻したことに驚いたシャーロットがその理由を問い質そうと口を開きかけた時、ドアが乱暴に開かれる音が響いた。 慌てて部屋に飛び込んできた者――それはフェイト。 普段からクールで決して動揺するところを見せない彼女が、秘書官の衣服を乱れさせている光景など滅多にお目に掛かれるものではない。 「リンレイス様ッ……バムロール殿が参られました」「何ですって? フェイト、しばらくお待ち頂きなさい」
柄にもなく取り乱すフェイトに向かって、リンレイスは冷静な口調で窘めた。 「いえ、それが強引に――」「いやーはっはっは! リンレイス様……おお、シャーロットもいたのか!」
フェイトの言葉を遮って、無理やり部屋に入って来たのはバムロールであった。 シャーロットは初めて出会った男に呼び捨てにされたことに苛立ちを隠せずに思わず顔をしかめる。 啖呵を切らなかった自分を褒めてやりたいほどである。 「何か急用でもございましたか? バムロール殿?」「釣れないことを言わんで欲しいですな。もちろん大戦の話に決まっておりましょう」
落ち着いた物腰で尋ねるリンレイスに向かって、バムロールはいけしゃあしゃあと言い放った。 どうやらシャーロットは会議のタイミングで王城に乗り込んでしまったらしい。 それを聞いて訝しげな表情になるリンレイス。 「それにしては随分と早いお着きのようですが……?」「ん? そうでしたかな? それではシャーロット、待っている間に親睦でも深めようではないか」
好き勝手なことを抜かすバムロールに流石のリンレイスも一瞬だけ汚物を見るかのような表情になる。 一方のシャーロットは、バムロールの舐めるような視線を感じて全身に悪寒が走っていた。 ねっとりとしたまるで蛇に絡みつかれたかのような感覚だ。 「おい。君、紅茶でも準備してくれ。流石に会議の前に酒を呑む訳にもいかん」 場の空気などまるで読まずにバムロールはフェイトに向かって尊大な態度で指示を出した。 既に妖精王に就任した気でいるようなのが態度から窺える。 フェイトはチラリとリンレイスの方を窺うが、その首が縦に上下するのを見て部屋から出て行った。 「わたくしは構いませんが、シャーロットは用事が――」「あたしも構いません!」
シャーロットは喰い気味にそう言うと、目を伏せて硬いソファーに腰を落ち着けた。 その様子を見てリンレイスもその隣に座る。 強い口調から何かを感じ取っているはずなのは間違いないだろうが、一切、動揺の様子を見せない辺り流石は妖精王と言えよう。 「質素なソファーだな。まぁいい」 バムロールはと言えば、文句を吐きながらもシャーロットたちの対面に腰を下ろす。 このソファも木を削り出して柔らかい植物の繊維を編み込んだ立派な逸品なのだが、彼にはお気に召さなかったようだ。 癖のある金髪を掻き上げて足を組むと、再びシャーロットに目を向けた。 シャーロットは俯き加減になりながらも、下からねめつけるかのようにバムロールを鋭い視線で観察する。典型的な対人間族強硬派の意見に、リンレイスも聞き飽きたとばかりにうんざりとした表情になる。
と言っても、普通では気付かないような小さな変化だが。 「それで我が妖精族も本格参戦と言う訳ですか……?」「その通りだ。ヤツらに交渉の意思はない。魔王イルビゾン様が万一滅ぼされることがあれば、魔帝軍は一気に瓦解するだろう」
「イルビゾン様は魔王の中の魔王。
「リンレイス様、それは早計と言うもの。彼奴らには勇者がいるのです。何が起こるか分かりませんぞ?」
現魔王のイルビゾンの死に懐疑的なリンレイスに、バムロールが身振り手振りを交えて仰々しく言い放った。 不死族と言うのは名前の通り、限りなく死から程遠い種族だ。 人間が倒すのならば、強力な魔法を行使するか、武器に魔力を付与して攻撃するしかない。 ましてやバムロールは何を思ったのか、前のめりになるとシャーロットの蒼い瞳を真正面から見つめて、突然激励の言葉を掛けてきた。
まさか不安で押し潰されそうだとでも思ったのだろうか? 「シャーロット、貴女はこの私が必ず護る! 命を賭けてでもな!」 あたしの大切な想い出を穢すな!とシャーロットの心がマグマのように煮えたぎる。 それとは裏腹に頭の中はやけにすっきり澄み渡っており、次々と様々な考えが浮かんでは消えていく。 人間と戦うことに複雑な思いはあるが、参戦することに決まったとしても逃げるつもりは毛頭ない。 別に死ぬのが怖い訳でもないし、皆が命を懸ける中で彼女だけが逃げることなど出来ない。 だがシャーロットの行動如何で、譲位したリンレイス、更にはリーンノアの運命が決まってしまう可能性があることはよくよく頭に入れておく必要があるだろう。 「(護る……? まさか同じことを言われるなんてね……ガイナス、ヴァル、あたしは一体どーすれば……?)」 初対面からシャーロットを肉欲の対象のような目で見続けた上、その逆鱗にまで触れた男。 とは言え、思考の海に沈み込むシャーロットを必死で励まし続ける次期妖精王にも、自分なりの正義があるのかも知れない。揺れ動くシャーロット、妖精族、ひいては魔族全体の運命。
どのように行動して何を選択すれば良いのか? 何かを誤れば待っているのは滅びへの道のみ。 「(本当に交渉の余地はないの? あたしがすべき選択は? 正直なところ、あたしはこの男と結婚したくなんかない……でも――)」 シャーロット自身の意思を貫くのか、魔帝國全体のことを考えて妥協するのか?リンレイスとバムロールの声が遠くに聞こえる中、シャーロットの葛藤は続くのであった。
シャーロットの魔王就任は決定的な状況である。 翌日に魔王の戴冠式を控え、すぐにでも妖精王バムロールを追い出して神星樹の王城に入ることは可能だ。 だが彼女は自宅でのんびりとした時間を過ごすことに決めていた。 いきなり窮屈な場所に閉じ込められるなど考えただけでゾッとする。「はぁ……やっぱり我が家は落ち着くわねー」 縁側でお茶をすするお婆ちゃんの如く、ソファに座ってコーヒーカップに口を付ける。 尊敬するルナも日当たりの良い庭を見ながら、緑茶なるものを呑むのが好きだと言っていたなと、シャーロットは懐かしい想い出に癒されていた。「シャーロット様、私に命じて頂ければコーヒーなどお淹れ致しますのに」「あーフェイト、いいのいいの。ここは自分ちなんだしー。自分で淹れるの好きだし」 パタパタと手を振って遠慮するもフェイトは何処か不満げだ。 何故か、現在この家にはフェイトとブラッドが当たり前のようにいた。 何でも大事が起きてはいけないからと言う話だが、大袈裟だろうにとシャーロットは気軽に考えている。 ちなみに2人には何度言っても座ろうとしないので、魔王(予定)権限で無理やり休ませるついでにコーヒーも振る舞っていた。「フェイト殿は秘書官故、コーヒーなど淹れられぬのでしょう」「何を言っている。私は何でもこなす。それが秘書官であり、シャーロット様のためなら尚更のことだ!」 ブラッドが煽るように皮肉っぽく告げると、フェイトが嫌悪感を露わにして反論する。 2人の様子を見ていると、バムロールの執務室での一件を思い出すが、これが相性と言う物なのか。 普段から冷静で何事にも動じない彼女しか見たことがなかったので、シャーロットとしては意外な一面を垣間見ることができて楽しいのだが。 2人が火花を散らしている隣で、シャーロットは特に気にすることもなくまったりと歴史の本のページを捲っていた。 別に心の底から嫌い合っているようでもなさそうなので、いがみ合うのも良いだろう。 その時、硬い木を叩く音がして全員の視線が玄関の扉へと集中する。 ブラッドを放置して、すかさずフェイトが扉へ向かうと誰何の声を上げた。 返ってきたのは聞き慣れた声。 シャーロットはフェイトに目で頷いて見せると、来客を招き入れた。「よう、シャル。
シャーロットはフェイトとブラッド、そして護衛を引き連れ、憂いを帯びた表情で妖精王の執務室へと向かう。 あの下卑た新王バムロールと顔を合わせるのは不愉快以外の何者でもないし、あんなことを仕出かした以上、何を言われるのか不安ではある。 シャーロットは自身に明確な悪意が向けられた経験がほとんどない。 バムロールやエリーゼたちの真意を思い出すと、不意に胸が押し潰されそうになる時がある。 だがそれだけだ。 自分の道は自分が決めると啖呵を切った以上、シャーロットの心は自身が考えていたほど揺らぐことはなかった。 そんな様子を察してフェイトが労わりの言葉を掛ける。 「シャーロット様、ご心配には及ばないでしょう。恐らくあの男は現実を受け止めきれていないでしょうが」「あーね。思いきりぶん殴ったからねー」「くくく……私も是非その場に居合わせたかったものです」 婚姻の儀のことを思い出して顔を赤く染め、何処か遠い目になるシャーロット。 それを見てブラッドは含み笑いを隠そうともせずに、滑稽だとばかりに言ってのけた。 「しっかしマウントねー。それってどーすんの? またぶん殴ればいいの?」「まぁ私にお任せください。シャーロット様は堂々となさっていて下されば良いのです」 シャーロットが左拳を硬く握りしめながら発した物騒な言葉に、フェイトは今まで見せたこともないような邪悪な笑みを浮かべながら言った。 そして到着した妖精王の執務室。 取り敢えずノックしかけたシャーロットであったが、気まずさが先に立って踏ん切りがつかない。 フェイトはそんなシャーロットを微笑ましく見守りつつ全く躊躇うことなく扉を叩いた。 シャーロットよりも若いのに大したものだ。 執務室から機嫌の良い声が聞こえたかと思うと、勢いよく扉が開かれる。 それを見てシャーロットが意外そうな表情になってしまった。 予想外の人物が目の前に立っていたことに少しばかり驚いたためだ。 なんと妖精王バムロールが一同を出迎えたのだ。 王自ら出迎えるなど普通はあり得ないがパフォーマンスであろう。 「シャーロット! よくぞ来てくれた! 式は中断となったが緊急事態だ。仕方なかろう! 親睦を深めたくてな。ささ、私の部屋へ入ってくれ」 どんな
「ええーッ!? あたしが次期魔王に!?」 リンレイスから衝撃の言葉を告げられたシャーロットの叫び声が室内に木霊した。 魔王イルビゾン封印の報と自らの左手の甲に発現した魔呪刻印――次々と起こる予期せぬ出来事に、彼女の頭は大混乱に陥っていた。 神話や歴史書を読み込んでいるシャーロットは当然、その意味を知っているが、それが自身に降りかかるなど考えてもみなかったのだ。 シャーロット自身、バムロールには怒りの鉄拳を喰らわせるつもりだったのだが、何故か颯爽とヴァルシュが助けに来てくれた。 まるでお伽噺の中の騎士様である。 しかもアレはお姫様抱っこと言う神聖なモノであるはず。 色々と起こりすぎて正直、頭が沸騰しそうな勢いである。 「落ち着きなさい。魔帝國の中で魔呪刻印が発現したのは貴女だけなの。恐らくだけれど……今のところ、他の魔族に発現したと言う話は聞かないわ」 素っ頓狂な声を上げて思わず立ち上がったシャーロットをリンレイスが軽く窘める。 彼女はシャーロットの自宅のリビングでソファーに座っていた。 そしてため息を吐きつつ、シャーロットの目を真っ向から見つめて諭すように告げる。 「わたくしは貴女にとって良い話だと考えているわ。そしてそれはシャーロット、貴女を忌々しい呪縛から解放することを意味します」「でも……でも、あたしには他種族の方々のような力はないんだが?……じゃなくてありませんよ!?」 リンレイスが邪悪な笑みを浮かべているのが気になるところだが、今はそんなことまで考えている場合ではない。 齢が304を数え、在位227年にも及んだリンレイスに対して、シャーロットはまだ18歳の若造だ。 一族をまとめるのも難しそうなのに、魔族全体を統括するのは更に難しいと言わざるを得ない。 その不安故に無意識の内に、魔呪刻印を持つ左手は強く握りしめられていた。 「確かに我々、妖精族は力はありません。ですが、その魔力と霊気は魔王軍の中でもトップクラス。それに、戦争は力が全てではありません」 結婚の儀のことを思い出すシャーロットに、リンレイスは懇々と言い聞かせる。 政治などに疎い素人を
――リーン・フィアの首都フィアヘイム。 神星樹城の大会議室は、喧騒に包まれていた。 円卓には12の種族の長やその代理の者が座っている。 平時であれば新妖精王の戴冠式のために各族長が訪れていたはずなのだが現在は有事である。 種族で最も強く、一族を纏める者――族長の多くが前線に赴いているのは当然の流れであった。 それに代理の者すら派遣できずにいる種族がいるほどの激戦区も存在している。 「慣例に従って粛々と新たな魔王を決めるべきだろう」 今日何度目かの同じセリフを吐いたのは、死霊族の長クルスフィリアであった。 「そうは言うが我が虎狼族のガルビス様は前線のギーズデン砦で、更には鬼人族のキーラ様は東のケイトス峡谷で人間共と交戦中だ! 他の族長も散り散りになっているんだぞッ!」 虎狼族の族長代理の男が、己の不利をここぞとばかりに喚きたてた。 勇者一行に魔帝國の帝都イヴィルまで攻め込まれ、魔王を封印された挙句、攻勢を受けて各種族は地方で分断されている。 クルスフィリアの意見に応えたのは、不死族のナンバー2だった者であった。 「そんなことは理解している。だが、不死の王であるイルビゾン様が封印された今、直ちに新魔王を決めるのが何より先決のはず」「ガルビス殿やキーラ殿は魔呪刻印が出ていないのであろう?」「その他の族長に刻印が発現したという話も聞かぬな」「まさか封印された場合は、新たな刻印は現れないのか?」 そんな紛糾する会議の中で、『元』妖精王リンレイスが静かに挙手し立ち上がった。 議長を務めていた龍王ガルガンドルムは、すぐに騒いでいた者たちを黙らせる。 騒ぎ立てていた者たちの視線が集中するが、彼女は全く動ずることがない。 一同が静まるのを待って、彼女は穏やかな口調で言葉を発した。 喧嘩腰の他種族の者とは違って物腰柔らかで、あくまで自然体、余裕さえ感じられる。 「我らが妖精族の1人に魔呪刻印が発現致しましたわ」 それを聞いて慌て始めたのは、この場にいた族長たちであった。 魔呪刻印は正統なる魔王の証。 「何ッ!? それは間違いないのか?」「刻印が現れたのであれば是非もなし」「惰弱な妖精族に|魔呪刻印《インキューズメ
デスペラント大陸。 人間や亜人からは魔大陸と呼ばれている場所の南方に、その国家は存在した。 中央アルガノン大陸有数の強国であり、最大の版図を誇るエルメティア帝國である。 現在でこそ落ち着いているが、最盛期では12の騎士団が周辺の8か国を滅ぼしたほどだ。 彼の国は人間列強国7か国同盟軍の盟主であり、亜人族と連合を組んで、魔族領――デスペラント魔帝國へと侵攻していた。 ここは天まで伸びようかと言う帝城の謁見の間。 広々とした室内に堂々と鎮座している玉座に腰を降ろすのは、帝國の第1皇子であり、皇太子たるガイナス・エル・ティア・クラウレッツ。 彼は昨夜見た夢についてボーット考えを巡らせていた。 幼少の頃の温かい想い出だ。 夢に出てきた少女の名はシャーロット。 妖精族であり、元婚約者でもある。 11年前の戦争終結のために、当時の魔王の養子としてシャーロットが迎えられ、そしてガイナスが彼女と婚約関係を結んだと言う経緯がある。 「殿下! ガイナス皇太子殿下ッ!!」 そこへガイナスの思考を打ち破る大声が、耳に突き刺さる。 突如として重厚な扉が力強く開かれて、駆け込んできた者がいた。 とても頑強な造りになっている上に、重量のある扉を容易く押し開く辺り大した膂力の持ち主である。 ガイナスはシャーロットとの想い出をぶち壊した大将軍に恨みがましい視線を送る。 取り乱しながら足早に歩いて来る彼に、ガイナスは怪訝な目を向ける。 だが、礼を失してしまうほどの我の忘れように、ガイナスもかなりの重大事だと理解して気持ちを切り替え、僅かに心を引き締めた。 「落ち着け、リシャール。貴様らしくもない」「はッ……申し訳ございませぬ……私としたことが取り乱しました。お見苦しいところをお見せして――」「良いッ! そんなことより余程のことがあったのだろう? 貴様があのような態度をするほどだからな」 慌てて謝罪の言葉を口にしようとした大将軍リシャールを制して、ガイナスが問い質した。 切れ長の目尻を吊り上げて、鋭い視線を向けて。 リシャールは、深呼吸をすると先程までとは打って変わった様子で粛々と報告を始める。 「勇者殿が、魔王イルビゾンを封印することに成功したのですが……」「ほう! そ
運命は無情であり、無常である。 今日と言うこの日がシャーロットにとってどのような日になるのか、彼女には知る由もない。 執り行われるのは妖精王リンレイスの譲位、つまり新しい妖精王の戴冠式。 そして引き続き、新王となるバムロールとシャーロットの結婚の儀へと移る。 妖精族のみならず、後の『魔王伝』には多くの証言が書き記されることとなる。 目撃者たちはその目を輝かせながら口々に語った。 「いやな。俺もあんなことになるとは思ってもみなかった。まさに前代未聞って奴さ」「私もあんな抒情詩みたいな体験をしてみたかったわぁ……ああ、なんて素敵なの……」「あれは奇跡と言っていい。そう、全ては決まっていたんだよ。宿命ってことだ」 ――― シャーロットは新婦の控室にて、来たるべき未来へ備えていた。 色とりどりの花々で飾り付けられ、華やぐ室内は貴族たちからの贈答品や御祝花で溢れていた。 「甘ったるい香り……花って言うのは自然に咲き乱れるからこそいいんじゃない」 背中が大きく開いた真っ白な純白のドレスを身に纏い、木の椅子に腰を落ち着けている。 シャーロットの背中の羽は、風もないのにゆらゆらと揺らめいていた。 運命の岐路。 だが彼女に動揺する気配は全く見られない。 落ち着き払って一点を集中して見つめている。 「シャーロット様、とてもお美しいですわよ」「そう。ありがとう」 シャーロットの衣装を整えた妖精族の女性は、嬉しそうに目を細めて褒め称えるが、その心中などとても推し測れるはずがない。 彼女が悪い訳ではない。なにせ相手は妖精王なのだ。 幸せを信じて疑っていない様子がシャーロットの身にひしひしと伝わってくる。 「間もなく戴冠式が行われます。もうしばらくお待ち下さい!」「そうね。あたしも見届けなきゃね」 儀式の開始を告げに来た男性の言葉を聞いて、シャーロットが徐に立ち上がる。 それを聞いて慌てたのは世話人たちだ。 シャーロットの言動に対して何を思ったのかは知らないが、メイクや衣装などが乱れるからと止めに入る。 彼らの制止を振り切って、シャーロットは戴冠式が執り行われる大式典場の袖に足を向けた。 シャーロットが裏手か







