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第3話 相克する心

Penulis: 波 七海
last update Tanggal publikasi: 2025-11-19 17:09:22

「リンレイス様!! あたしは全く聞いてないんですけどー!!」

 シャーロットの心からの叫びが、神星樹の王城ヴァンドスラシルの応接室に響いた。

 執務室に負けず劣らず、この部屋も妖精族にしては豪華に装飾されている。

 至る場所から芽吹いた生命の息吹、咲き誇る可憐な花々、妖精族神話の世界が描かれた絵画、木工アート作品。とは言え、あくまで妖精族にしてはであって、人間からすれば精緻な彫刻が施された自然溢れる部屋に見えることだろう。

 普段ならばほとんど顔を出すこともない場所なのだが、何せいきなり降って湧いた結婚話である。

 夜会の翌日、シャーロットは怒りに身を任せて王城へと単身乗り込んだのだ。

「よく来たわね、シャーロット。昨日はご苦労様でした」

「ご苦労様でした……じゃなーーーい!! なんであたしが急に知らない相手と結婚しないといけないんですかッ!」

 シャーロットの殴り込みならぬ、怒鳴り込みに眉1つ動かすことなく平然とした態度を崩さないリンレイス。

 そんな彼女に対して、更にシャーロットが喰って掛かる。

 魂の叫びが通じたのかは知らないが、ふうっと憂鬱そうなため息を吐いたリンレイスの表情がガラリと変わった。

「ごめんなさいね……。わたくしの政治力の無さが原因よ」

 項垂れる彼女の申し訳なさそうで悔しそうな表情を見て、気勢を削がれたシャーロットは少しトーンダウンしながらも反論するのを止めない。

「あたしでなくともリーンノア様がいらっしゃるじゃないですか!」

「最初はそうなるはずだったの……けれど貴女の魔力の高さを知ったバムロールが望んだことなのよ……」

 リンレイスには長女にリーンノアと言う娘がいる。

 魔力の高さで言えば、彼女も決して低いとは言えない。

 シャーロットの想いは絡み合う糸のように複雑であった。

 友人でもある彼女に責任を押し付けたくはなかったが、頭越しで勝手に決められたことに激昂して我を忘れてしまっていたのだ。

「今、この魔帝國で人間族の攻撃を受けていないのは、わたくしたち妖精族と龍族、巨人族の領土、後は闇精霊ダークエルフ族の領土の一部くらいなの……。でも魔族の大多数が今も尚、対人間族強硬派なのよ。わたくしは過去に人間たちと上手く付き合ってきた過去を知っている……。そのせいで判断が甘くなってしまったッ!」

 リンレイスの痛切なまでの叫びが室内に響き渡った。

 彼女がこんな声を荒げるところを見たことがなかったシャーロットの胸に動揺が広がる。

 シャーロットとて戦闘狂と言う訳ではない。

 その時代のことは聞いているし、歴史書を読んで知っていた。

 それに人間や古精霊ハイエルフ族、精霊エルフ族たちに興味を持っている。

 ルナと言うリスペクトする大きな存在も影響しているのは疑いようのない事実だ。

「間もなく、わたくしは退位することになるでしょう。別にわたくしの王権を維持するための取引ではないの。もうかなりの数の妖精族が、バムロール……ロリヘイム公爵家側に付いているわ」

 つらつらと語るリンレイスの重い言葉に、最早シャーロットは言葉を失っていた。

 要はシャーロットが以前に呼び出された時の話が悪い方向へ転がったと言うだけ。

 彼女は目の前が真っ白になった気がして、思わず目を閉じた。

 その空虚な心に蘇ったのは幼き日の想い出。

 1つは1年前に婚約を破棄された人間の皇子への淡い恋心。

 もう1つは幼馴染が宣言した誓いの言葉。

 無意識の内にシャーロットの口から2人の名前が零れ落ちる。

「ガイナス……ヴァル……」

 その声はリンレイスにも届いていた。

 彼女はそれを聞いてどう思っただろうか?

「バムロールが王位に就けば、妖精族も戦いに突入するわ。彼の婚約者であれば戦場に出ることもなくなるでしょう。戦況は悪化の一途をたどり、苛烈を極めて――」

 ますます苦しげに言葉を絞り出すリンレイスであったが、突如、ハッとして言葉を切ると項垂れた。

 何か大切なことに気が付いた。

 そんな表情だ。

「そう……そうね……ごめんなさい。シャーロット。これはわたくしが決めることではなかったわ……。妖精王の名にあるまじき行為でした。婚約が嫌なら断りなさい。貴女の好きなようになさい」

 リンレイスが突然、意見を翻したことに驚いたシャーロットがその理由を問い質そうと口を開きかけた時、ドアが乱暴に開かれる音が響いた。

 慌てて部屋に飛び込んできた者――それはフェイト。

 普段からクールで決して動揺するところを見せない彼女が、秘書官の衣服を乱れさせている光景など滅多にお目に掛かれるものではない。

「リンレイス様ッ……バムロール殿が参られました」

「何ですって? フェイト、しばらくお待ち頂きなさい」

 柄にもなく取り乱すフェイトに向かって、リンレイスは冷静な口調で窘めた。

「いえ、それが強引に――」

「いやーはっはっは! リンレイス様……おお、シャーロットもいたのか!」

 フェイトの言葉を遮って、無理やり部屋に入って来たのはバムロールであった。

 シャーロットは初めて出会った男に呼び捨てにされたことに苛立ちを隠せずに思わず顔をしかめる。

 啖呵を切らなかった自分を褒めてやりたいほどである。

「何か急用でもございましたか? バムロール殿?」

「釣れないことを言わんで欲しいですな。もちろん大戦の話に決まっておりましょう」

 落ち着いた物腰で尋ねるリンレイスに向かって、バムロールはいけしゃあしゃあと言い放った。

 どうやらシャーロットは会議のタイミングで王城に乗り込んでしまったらしい。

 それを聞いて訝しげな表情になるリンレイス。

「それにしては随分と早いお着きのようですが……?」

「ん? そうでしたかな? それではシャーロット、待っている間に親睦でも深めようではないか」

 好き勝手なことを抜かすバムロールに流石のリンレイスも一瞬だけ汚物を見るかのような表情になる。

 一方のシャーロットは、バムロールの舐めるような視線を感じて全身に悪寒が走っていた。

 ねっとりとしたまるで蛇に絡みつかれたかのような感覚だ。

「おい。君、紅茶でも準備してくれ。流石に会議の前に酒を呑む訳にもいかん」

 場の空気などまるで読まずにバムロールはフェイトに向かって尊大な態度で指示を出した。

 既に妖精王に就任した気でいるようなのが態度から窺える。

 フェイトはチラリとリンレイスの方を窺うが、その首が縦に上下するのを見て部屋から出て行った。

「わたくしは構いませんが、シャーロットは用事が――」

「あたしも構いません!」

 シャーロットは喰い気味にそう言うと、目を伏せて硬いソファーに腰を落ち着けた。

 その様子を見てリンレイスもその隣に座る。

 強い口調から何かを感じ取っているはずなのは間違いないだろうが、一切、動揺の様子を見せない辺り流石は妖精王と言えよう。

「質素なソファーだな。まぁいい」

 バムロールはと言えば、文句を吐きながらもシャーロットたちの対面に腰を下ろす。

 このソファも木を削り出して柔らかい植物の繊維を編み込んだ立派な逸品なのだが、彼にはお気に召さなかったようだ。

 癖のある金髪を掻き上げて足を組むと、再びシャーロットに目を向けた。

 シャーロットは俯き加減になりながらも、下からねめつけるかのようにバムロールを鋭い視線で観察する。

 気障きざな男だと思わずにはいられない。

 彼の言動から考えても、本当に妖精王になれる器なのか疑いたくもなると言うものだ。

「刻は今、天下が乱れておる。これ以上の人間共の侵攻を許す訳にはいかん。勇者たちは不死族領の帝都イヴィルにまで迫っていると言うではないか! このままではいずれ残る我ら、巨人族、龍族、闇精霊ダークエルフ族の領地も蹂躙されるだろう。魔帝國デスペラントに未来はない」

 魔帝國デスペラントと言うのは各魔族の領土の総称であり、人間が中央アルガノン大陸と呼ぶ地の北にあるデスペラント大陸――通称、魔大陸を指す。

 当時の魔王が原因不明の死を遂げると共に、人間族の列強7か国同盟と亜人族連合軍は海を渡り、デスペラント大陸へと上陸、各方面へ同時に攻撃を仕掛けたのが戦争の発端。

 典型的な対人間族強硬派の意見に、リンレイスも聞き飽きたとばかりにうんざりとした表情になる。

 と言っても、普通では気付かないような小さな変化だが。

「それで我が妖精族も本格参戦と言う訳ですか……?」

「その通りだ。ヤツらに交渉の意思はない。魔王イルビゾン様が万一滅ぼされることがあれば、魔帝軍は一気に瓦解するだろう」

「イルビゾン様は魔王の中の魔王。不死の超越者オーバーロードでもあります。滅ぼされるとは思えぬのですが……」

「リンレイス様、それは早計と言うもの。彼奴らには勇者がいるのです。何が起こるか分かりませんぞ?」

 現魔王のイルビゾンの死に懐疑的なリンレイスに、バムロールが身振り手振りを交えて仰々しく言い放った。

 不死族と言うのは名前の通り、限りなく死から程遠い種族だ。

 人間が倒すのならば、強力な魔法を行使するか、武器に魔力を付与して攻撃するしかない。

 ましてや不死の超越者オーバーロードたるイルビゾンを滅ぼすなど、勇者であっても難しいレベルだろう。

 バムロールは何を思ったのか、前のめりになるとシャーロットの蒼い瞳を真正面から見つめて、突然激励の言葉を掛けてきた。

 まさか不安で押し潰されそうだとでも思ったのだろうか?

「シャーロット、貴女はこの私が必ず護る! 命を賭けてでもな!」

 あたしの大切な想い出を穢すな!とシャーロットの心がマグマのように煮えたぎる。

 それとは裏腹に頭の中はやけにすっきり澄み渡っており、次々と様々な考えが浮かんでは消えていく。

 人間と戦うことに複雑な思いはあるが、参戦することに決まったとしても逃げるつもりは毛頭ない。

 別に死ぬのが怖い訳でもないし、皆が命を懸ける中で彼女だけが逃げることなど出来ない。

 だがシャーロットの行動如何で、譲位したリンレイス、更にはリーンノアの運命が決まってしまう可能性があることはよくよく頭に入れておく必要があるだろう。

「(護る……? まさか同じことを言われるなんてね……ガイナス、ヴァル、あたしは一体どーすれば……?)」

 初対面からシャーロットを肉欲の対象のような目で見続けた上、その逆鱗にまで触れた男。

 とは言え、思考の海に沈み込むシャーロットを必死で励まし続ける次期妖精王にも、自分なりの正義があるのかも知れない。

 揺れ動くシャーロット、妖精族、ひいては魔族全体の運命。

 どのように行動して何を選択すれば良いのか?

 何かを誤れば待っているのは滅びへの道のみ。

「(本当に交渉の余地はないの? あたしがすべき選択は? 正直なところ、あたしはこの男と結婚したくなんかない……でも――)」

 シャーロット自身の意思を貫くのか、魔帝國全体のことを考えて妥協するのか?

 リンレイスとバムロールの声が遠くに聞こえる中、シャーロットの葛藤は続くのであった。

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